第1幕その6

目次

1-37 2度目の無断外出

ユシカに体を揺すられて、グラリアは目覚める。急な出来事のため、幼い少女と関わる『お医者さん』の夢について気にする暇がなかった。
ユシカの近くには、眠そうにしているクロウがいた。彼もユシカに叩き起こされたようだが、グラリアよりも先に出掛けの準備ができていた。

ユシカはグラリアに、昨日の作戦は覚えているかを尋ねると、グラリアは首を振る。クロウもこんな調子なのでユシカは呆れるが、とにもかくにもグラリアには先に出発の準備をさせる。
クロウは寝ぼけて判断が鈍いため、ユシカはクロウを部屋から押し出して一旦避難させる。

グラリアが準備をする最中に、ユシカは作戦について説明する。
クレア同行で守護団セフィルが祠の遺跡で調査を行なう日と同日に、ユシカたちは探検を行なう。調査期間は2、3日ほどとのこと。そのことを昨夜の間に、守護団セフィルに同行するクレアから聞き出した。
全団員が出動ではないが、警備が手薄になる瞬間を狙ってルーシェから脱出する。その瞬間とは、祠の遺跡調査の団員らを見送るときだった。
クレアが家を出たあとに、すぐに出発の準備をし、門から出る瞬間を伺う。ユシカ曰く秘密の抜け道があるとのこと。日中は目立つし見張りの目が固いときには使えないが、まだ日が上がっていないし見送りで警備が手薄になるときならいけるとのことだ。

準備を終えたグラリアと部屋の外で待機していたクロウは、ユシカに続いてラグナルド家を出てルーシェ脱出を目指す。
門の前には、団長のガルフと副団長のシークスを含む守護団セフィルの団員らとルタとクレアがいた。門付近にある建物の屋根を登ったユシカたちは、門の前の様子を伺いながら板塀を越える。状況確認や打ち合わせのよう会話する団員らは、脱出するユシカたちに気付かなかった。
クロウは一瞬だけクレアの顔を見る。彼女は、酷く緊張した様子だった。

1-38 2度目の探検

暗闇の中、急いで走るユシカたち。まだ日は落ちているため姿を欺けるが、視界はかなり悪い。
後方に見える松明の列に緊張を抱きながらも、祠の洞窟まで辿り着いたところで、ユシカは急いで手持ち型ソールを付ける。ソールと松明の違いは何だとグラリアが聞いても「小さな墓地に着くまでは集中して」と言って答えなかった。
まだ暗い祠の洞窟の中をソールの光を頼りにしながら走り、狭い道を通って、十字を刻む場所まで着く。ユシカは十字を刻まずに進もうとしたところ、クロウが引き止める。「今日は3人いるから、この場所で無事に帰ってこれるおまじないをしよう」と言った。

ユシカは横に削って、クロウは縦に削ったあと、グラリアも削るとのことで釘を借りる。斜めに削るかと思いきや、グラリアはなぜかクロウの上に縦線を続ける。ユシカはそれを「剣みたい」と言い、グラリアは剣のようになった痕を「私たちの無事を願うおまじない」と笑う。
クロウは最後に、万が一バラバラになって帰るときには今刻んだ下に同じように、剣を完成させるためのパーツを刻むようにと言った。クロウが一番にここまで戻ってきた時には、縦線は上に余白を付けると言った。

小さな墓地を横切るときに、ルーシェで見た赤い光が墓石のところにいるのを見る。あれは何とグラリアが尋ねると、ユシカは「わからないわ。……占い師のおばあちゃんと仲よしみたいね」と静かに答える。
暗闇のトンネルの前で、3人は並んで手を繋ぎ、恐れずに潜ってゆく。

ここでユシカは、ソールと松明の違いを話す。松明は火があればすぐに使えるし安価なので、ルーシェでは守護団セフィルが有事のときに使うことが多い。対してソールは太陽の光で充電しなければ光にならないし、外で使う分にしては松明よりも暗く、1回きりではないとはいえ消耗品な上に高価なので、家の中の照明や小さなランプとして使うことが多い。
グラリアはソールの仕組みについて訊くが、ユシカは質問に別の質問を返す「グラリアは、ルドヴァイア国の体制をどう思う?」
グラリアはユシカの質問に回答できなかった。ユシカは「今のような国の体制でなければ、アタシのような一般市民でもソールの仕組みについて答えられたかもしれないわ」と言った。

トンネルを抜けて、祠の遺跡まで向かう道のりでは、クロウがユシカに「さっきのグラリアへの回答は何なんだよ」と食ってかかる。そのときユシカは、宝の地図を取り出し、クロウにシザール文字をチラつかせながら答える。
「創造界は、基盤になった世界にある様々なものが創造界に適合された状態で存在してるだけじゃない。新たに、創造界独自のものだって生まれたのよ」
「それなのにアタシたちは、今まで創造界で生まれたもののことを「知らなくていい」と言わんばかりに育てられてる。……「知らないままでいてほしい」と願うように」

祠の遺跡の前に立ったユシカは、クロウに背を向けたまま「知りたいと思うことは罪なのか」を問う。
禁書という強力な法律がある限り、何のためにあるのかわからない祠の遺跡を、記録に残して知識を積み重ねて知ろうとすることも、ルドヴァイア国にとっては不都合だ。

クロウの回答がないまま、ユシカはグラリアの手を引いて祠の遺跡へと入る。
クロウは胸に手を当て、整理がつかない複雑な気持ちを零す。それでもユシカに続いて祠の遺跡に入る。

1-39 知りたいと願う少女へ

ユシカたちはソールを手に持ち、剣の台座のところまでやってきた。
剣の台座を見たグラリアは、岩に刻んだ痕のようだと嬉しそうに言う。ユシカはそうねと笑うが、クロウは複雑そうな表情を浮かべたままだ。グラリアには、そんなクロウが気がかりだった。

剣の台座の前でクロウはユシカに、宝の地図に書かれたシザール文字の確認を提案する。今までの探検では、剣の台座までやってきたところで文章が変わったからだ。

宝の地図を3名で確認する。クロウとグラリアには何も読めなかったが、ユシカは今まで読めなかった言葉の数々に酷く驚く。
ユシカは「まるでこの文字は、生きてるみたい」と呟く。
シザール文字は、特定の条件を果たすことで解読できる。まるでその文字は「知りたいと思うことは罪なのか」とクロウに問いたユシカの気持ちに答えるかのようだ。ユシカはその場で言葉を読み上げる。
「最高神スドーリャ=キリースは、新たな世界――創造界を創る。生まれたての創造界を、無垢な吾子のように可愛がった。スドーリャにとって唯一の吾子の世へ、記憶神カルナダリア=リコレクトを遣わす」
「創造界の歯車はカルナダリアによって廻り出す。創造界には時が生まれ、生命が誕生する」

突如、宝の地図に書かれたシザール文字と、剣の台座が青く光り出す。シザール文字から放たれる光は、来た道を戻るよう指示していた。ユシカたちがフロントエリアまで戻ると、普段は真ん中の入口を通って剣の台座の前まで行く道だけでなく、右側の入口が開かれていた。シザール文字から放たれる光は、右側の入口に光を差す。
祠の遺跡の外では、調査に来た守護団セフィルの話し声が聞こえてきた。今行かなければと決意したユシカたちは、青い輝きを放つ入口を潜る。守護団セフィルの団員らが来た頃には、右側の入口は固く閉ざされていた。

1-40 少女が答えない「知りたい理由」

ユシカは、シザール文字が書かれた宝の地図を持ちながら、ただひたすら真っ直ぐな道を歩く。クロウとグラリアはユシカの後ろに続いて歩く。
ユシカがシザール文字に書かれた言葉を語ると、突如現れた不可思議な光が空中に絵を起こしてゆく。

「秤の世とは、第一の神界(ミラ)。光を司る聖神と、闇を司る冥神の争いにより、秤の世は揺れ動いていた」
現れた秤の皿の上で、穢れない数々の宝石を扱う女神と、艶かしい花を纏う剣を扱う女神とがいがみ合うシーンが描き出された。

「最高神スドーリャ=キリースは、青の純神と赤の純神を上位の階位に制定し、不安定な秤を鎮める」
「スドーリャは、青の純神と赤の純神に神具と第二の神界(ミラ)を授ける。青の純神は、神具の盾を手に聖神の主となり、盾の世を治める。赤の純神は、神具の矛を手に冥神の主となり、矛の世を治める。同時に誕生した第二の神界(ミラ)と、盾の世と矛の世を治める純神の誕生により、長きに渡る聖神と冥神の争いは鎮まった」
秤を持つ手が現れると、皿の上にいた女神たちは消え、皿の下で皿を守る。
穢れない数々の宝石を扱う女神が守る皿の上には、盾を片手に持つ美しい女神がいた。艶かしい花を纏う剣を扱う女神が守る皿の上には、矛を片手に持つ勇ましい女神がいた。

初めて神話に触れるユシカは、驚きを隠せない。
もっと知りたいと願ったとき、宝の地図に書かれたシザール文字が「何故?」という言葉に変わる。
その問いかけに、ユシカは答えられなかった。

道を潜り抜けると、ユシカたち3名は、柔らかな光に包まれた舞台劇場にいた。
ユシカとクロウとグラリアは、もう一度シザール文字を確かめる。まるで役目を終えたかのよう、何も読めなくなっていた。

1-41 身を潜める不安

祠の遺跡内の舞台劇場に着いたところで、クロウはユシカにこの場所を覚えているかを尋ねる。以前の探検でクロウがユシカの鞄を見つけたのは、この付近だという。
ユシカは首を横に振った。ユシカはクロウに、当時クロウはどこにいたのかを尋ねると、舞台劇場より高い場所を指差す。そこにユシカの鞄も一緒にあったとのこと。そこには大きな窓が並んでいたため窓から外を眺めようとしたが、光より先は何も見えなかったという。そして、当時のクロウはなんとか舞台劇場まで降りてきたようだ。

クロウはグラリアに、グラリアが倒れていたかもしれない場所まで案内すると言った。しかし、その場所まで行くのは3人一緒がいいと言った。
3人で舞台劇場の正面出口を潜る。クロウは、当時の血の痕を思うと不安でいっぱいだったが、大きな空間にたどり着くと、下に続く螺旋階段からは当時の血痕が消えていた。というのも、下に続く螺旋階段はどっぷり水に浸かってしまい、血痕が水に溶けてしまったのだろう。
グラリアは階段の上にある扉を指差す。あれは帰る時に潜る道だとクロウが説明した。
舞台劇場の方まで戻ろうとしたとき、クロウは一度振り返る。もしや血痕かと思ったが、瞬きしたときにはなくなっていた。
最後列のクロウがいなくなった頃、浮遊していた赤い衣を纏う者は螺旋階段まで降りて、クスクスと笑った。
「生きていたのね。けれども、今は見過ごしてあげましょう」
赤い衣を纏う者は、荷物の中から1枚の紙を取り出す。それはグラリアのものと思わしき手配書だった。

1-42 探検の終わり

グラリアの記憶の手がかりは、舞台劇場側で探すことになった。3人揃って探索していたが、特に手がかりはなく、疲れ果てた3人は舞台劇場上で並んで横になる。
ユシカは、シザール文字が書かれた紙を広げる。今なお白紙のままだった。神話を聞かされたときには興奮したユシカだが、今では途方に暮れて困ってしまう。
ふと、グラリアがユシカに尋ねる。「ユシカは、何を一番知りたい?」
ユシカは少し考えたあとに答える。「知りたい……というよりも、わけもなく意図的に隠されてしまうことが嫌なのかもしれない」
意図的に隠されてしまうと、何をしたらいいのかわからず、今みたいに途方に暮れてしまう。まるで、空っぽな自分だけが置いてきぼりのように。
クロウはボソッと「それが、平和ってことじゃないのか?」と呟く。ユシカは遠くを見つめながら「平和は、空っぽな自分を救ってくれないわ」と言い返したあと、そういうクロウは何を一番知りたいのかを尋ねる。
クロウにとって一番知りたいことは、父ロルの所在だ。だが今は違って、ユシカの気持ちを一番知りたいと言った。
どういう意味だとユシカは体を起こし、クロウを睨んで不満を零すが、クロウは「別に」と言って拗ねるように背中を向ける。

グラリアは気分転換に、舞台劇場から飛び降りる。観客席側に立つとユシカとクロウに向かって、ルーシェの砂浜でやったみたいにアドリブの劇をしてくれと言った。今度はクロウが王子役で、ユシカが姫役をしてほしいとのこと。
グラリアの要望にユシカは不満げな顔を浮かべると、突然クロウが立ち上がり、まさかのクロウ側からノリノリの演技が来る。
城の外は危ないから城にいろと言っても全然聞かないお転婆姫様に、王子役のクロウは怒り、剣を抜いたふりをして決闘を挑む。決闘に受けて立つ姫役のユシカはというと、王子の両手を無理やりとり、王族らしい戦いをしようと言って強引に社交ダンスを始める。社交ダンスはてんで駄目なクロウは、あっけなく決闘に負けてしまう。
床に倒れたクロウが立ち上がろうとしたとき、ユシカの寂しそうな顔が見えた。
演劇の物語の真意だって、ユシカたちは知らない。人伝に聞いたことだけを理解し、活用するしかない。
天井を見上げたユシカは、知らないものを羨望しながら呟いた。「アタシにできることなんて、何もないのかもしれない」
舞台劇場から降りたクロウは、舞台上にいるユシカに手を差し出す。優しく微笑みながら「探検を終わりにして、帰ろう」と言った。